多発性硬化症との闘病で見出したひとりの女性の希望

好きなことは決してあきらめたくない。 その思いを糧に、病気とともに生きていく

音大を卒業し、結婚、出産後もピアノ奏者として活躍する尾崎さん。多発性硬化症の症状に悩みながらも、お子さんの成長と大好きなピアノに向き合える時間を心の栄養にして、豊かな日々を送っています 。

8年前、尾崎さんは中枢神経系に影響する進行性の疾患である、多発性硬化症(MS)と診断されました。主な症状は、手足の痺れ、震え、視覚障害。「左目が見えにくくなりました」と目の症状で医師の診察を受けた尾崎さん。眼科医は視神経炎と診断しましたが、MRI検査を受けたところ、結果的にMSと診断されました。

ステロイドパルス療法により目の症状は治まりました。当初はそれ以外の症状はありませんでした。しかし、病状が進行するにつれ、手が震えるようになり、将来に不安を感じるようになりました。ピアノが大好きで、3歳の頃からピアノを習い、大学の音楽科を卒業しました。卒業後もレストランや結婚式でピアノ演奏をしていました。ピアノが弾けなくなるのではとの不安がよぎりました。

子育ての課題

尾崎さんはMSと診断された時、2カ月になる子どもを抱える母親で、生活に影響が出ました。「母乳で育児をしていましたが、私と息子にとってそれは難しくなりました」。尾崎さんは、入院を必要としたMSの診断と症状がありながらも、母親としての日常生活を頑張って営むことができたのは、夫の愛情と協力のおかげだと話します。

息子さんは小学校3年生になり、今では重要な協力者になりました。「他のお母さんのように活動できなくて。息子にはすべてを伝えているわけではありません。まだ小学生なのでMSのすべては理解できないですが、他のお母さんより疲れやすく、頭痛がしやすいと伝えています」。すべてを理解していなくても、とてもよく助けてくれます。「歩いていると疲れていないかまめに確認してくれますし、バスに乗る時は手を差し出してくれます」。まだ小さいのに思いやりがある息子さんのことを誇りに思うとともに、「人の痛みがわかる優しい大人に育ってほしい」と尾崎さんは望んでいます。

    MSの症状が見た目にはわかりづらい中で、息子の配慮は素晴らしいものがあります。再発すると「大きな波が身体を攻撃する」ように感じ、杖や車いすが必要となります。「直接言われることはありませんが、車いすを使ったり、普通に歩いたりすることは周囲には理解しづらいようです」。

音楽に安らぎを見出して

尾崎さんのMSは進行し、2017年の再発後は手に痺れと震えが残りましたが、音楽への情熱は持ち続けています。「二度とピアノが弾けないのではと不安になりました」。夫の励ましに支えられてその恐怖と闘うことができました。「弾けないと思ったら弾けないよ、と。それで練習を始めました」。どんなに手が震えて、料理や字を書くことができなくても、ピアノの前に座ると何かが変わります。「鍵盤の上に手を置くと震えがピタッと止まります」。これには主治医も驚いていると言います。

 

「鍵盤の上に手を置くと震えがピタッと止まります」。

2021年の3月には尾崎さんは息子と二人でピアノの発表会に出ました。「息子は緊張していましたが、しっかりと弾けました」。久しぶりの発表会でしたが、手の震えは止まり、弾くことができました。

将来の夢

将来について、尾崎さんは自分の夢を語ります。「家族やピアノといった大好きなものに寄り添いながら、私らしく生きていきたいと思います。障がいのあるなしに関わらず、誰もが心おきなく音楽を楽しめるバリアフリーのコンサートを開きたいと思います」。